- リレーコラム
脱炭素社会の実現へ新たな技術を生み出す新潟県内の研究者らが、自身の研究や脱炭素への思いなどを自由につづります。
県内の理工系5大学・短大・高専と、本県と関わりのある企業のリレーコラムです。(隔週木曜日夕に配信=第5週がある場合は休み)
リレーコラムVOL.39
新潟大学 工学部工学科 機械システムプログラム 准教授
櫻井 篤
東北大学工学部機械知能工学科に進学し、同大学大学院工学研究科機械システムデザイン専攻博士課程を修了。博士(工学)。
2008年より新潟大学工学部に着任。助教を経て、2013年より現職。この間、ジョージア工科大学客員研究員、物質・材料研究機構特別研究員、JSTさきがけ研究員、新潟大学研究推進機構研究教授(兼務)などを歴任。

サーマルフォトニクスが拓く未来の発電エネルギーと宇宙機熱制御
サーマルフォトニクスとは
熱(サーマル)と光(フォトニクス)を結びつけて、新しいエネルギー利用を探る学問分野です。物体が温度をもつと、目に見えない光「熱ふく射」を放ちます。冬にストーブの前で感じるぬくもりや、太陽の光で肌が温まるのもその働きです。この「見えない光」をとらえ、操ることで、これまで捨てられてきた低温の熱を発電に活かすなど、新しい技術が可能になります。たとえば、宇宙船を冷やす放熱板、太陽光を効率よく吸収する膜、工場やビルから出る排熱の再利用などです。つまり、熱工学と光の科学が交わる境界領域で、未来のカーボンニュートラル社会や地球温暖化対策を支える研究領域なのです。
メタマテリアルによる宇宙機熱制御
ここ10年ほどの間に、「メタマテリアル」と呼ばれる人工的な新しい素材を使って、熱ふく射を思い通りに操る研究が盛んになってきました。メタマテリアルは金属などを細かい模様に加工してつくるもので、模様の一つ一つが小さな“メタ原子”のように働きます(図1)。これにより、特定の色(波長)の光だけを選んで放射できるのです。
最近では、JAXA宇宙科学研究所と協力し、宇宙機を冷やす放熱板(ラジエータ)への応用研究も進めています。図2には小惑星探査機の模式図を示しており、この新たなメタマテリアルラジエータの開発に成功すれば,小惑星表面からの赤外線による加熱を防ぎながら、同時に放射冷却も行えるような,革新的な宇宙機熱制御ができるようになると期待されています。


サーマルフォトニクス発電
一方で、メタマテリアルを使って熱ふく射を操ることができても、放射できるエネルギーの量は「黒体放射限界」という自然の壁に制約されてしまいます。これは長年、研究者たちにとって大きな課題でした。そこで私たちは最近、この限界を突破するために「非平衡」という新しい視点に注目し、サーマルフォトニクス発電の研究を進めています(図3)。仕組みを簡単に言えば、光起電力セル(太陽電池の仲間)が生み出した電力の一部をエミッターの駆動に使うことで、熱ふく射の性質を変化させ、通常よりも効率よくエネルギーを取り出すというものです。つまり、セルとエミッターが一体となって動く“小さな熱機関”のように働くのです。サーマルフォトニクス発電は、従来では難しかった200℃以下の比較的低温の排熱からも電気を生み出せる可能性を秘めており、工場やビルなど社会のさまざまな場所でのエネルギー再利用に役立つ新しい技術として期待されています。
