- リレーコラム
脱炭素社会の実現へ新たな技術を生み出す新潟県内の研究者らが、自身の研究や脱炭素への思いなどを自由につづります。
県内の理工系5大学・短大・高専と、本県と関わりのある企業のリレーコラムです。(毎週木曜日夕に配信=第5週がある場合は休み)
リレーコラムVOL.28
長岡技術科学大学 技学研究院量子原子力系 教授
菊池 崇志
1998年 長岡技術科学大学卒業。東京工業大学大学院総合理工学研究科修了。博士(工学)/博士(理学)。2004年 宇都宮大学工学部助手、助教、2008年 長岡技術科学大学電気系准教授、2025年より現職。

次世代エネルギーへの挑戦:核融合発電の可能性と課題
ある原子核が別の原子核に変化することを原子核変換や原子核反応と呼びますが、複数の原子核が融合して別の原子核に変わる反応を「核融合」と言います。このときに外部へ放出したエネルギーを回収し、電気エネルギーへ変える発電方法が、次世代のエネルギー源として提案されている「核融合発電」です。最近は、「フュージョンエネルギー」と呼ばれることも多いです。核融合反応は太陽のような恒星の中心部で活発に起きているように自然界でも見られますが、粒子加速器を用いて原子核を加速し衝突させて人為的に起こすことも可能です。古くから新しい原子核を発見するために行われている方法で、113番目の元素であるニホニウムはこのようにして理化学研究所で発見されました。

重水素と三重水素を燃料とする核融合反応を用いて発電を行う方法が、核融合発電を実用化する計画として主流です。核融合発電では、燃料が豊富にあることが大きな利点で、見積もりの仕方にもよりますが、1000万年から1億年程度は尽きないと考えられています。また、核融合反応を持続的に維持することが技術的に困難ですが、逆に暴走することが原理的にできないため、安全性に優れていると言えます。重水素と三重水素の核融合反応で生じるのはヘリウムであり、放射能を持つ放射性同位体ではないため廃棄物の処理に問題は生じません。原子核の融合反応からエネルギーを取り出しますので、発電時に二酸化炭素を放出することがなく、地球温暖化対策に貢献できます。化学反応とは異なるため、少ない量で大きなエネルギーを取り出せますので、現在の火力発電所や原子力発電所を置き換え、安定で大電力を供給するベース電源として期待されています。

フュージョンエネルギーを熱エネルギーに変え、
水蒸気を発生させてタービンを回し、電気エネルギーをつくる
核融合発電の実用化を目指す研究開発には予算、人員、時間がかかるため、大学の研究室での要素技術の研究だけでなく、フランスと日本を拠点にした国際的な協力体制でも実施されています。最近、米国の国立点火研究所で、高強度のレーザーを用いた方式で核融合反応を起こし、投入したレーザーのエネルギーよりも多くのエネルギー出力を核融合反応によって取り出すことに成功しています。このため、世界的に核融合発電を実現するための動きが活発化しており、民間でも核融合発電の実用化を目指した取り組みや複数のベンチャー企業が立ち上がっています。
しかし、商用の発電所を作るためには、まだ多くの技術的な課題を抱えています。例えば、高温や核融合出力による強い負荷に耐えられる炉壁の開発も主要な課題です。重水素と三重水素を燃料とする場合、三重水素は放射性同位体であるため、取り扱いには注意が必要です。また、高レベルの放射性廃棄物は生じませんが、長期間の運転によって炉壁が放射化し、低レベルの放射性物質が生じる点も持続的な運用を考えると無視できない問題です。技術的な課題が解決されても、発電コストが他の発電方式に比較して非常に高価であれば採用されないでしょうし、国民の理解を得て社会的に受け入れられるかは別問題です。このため、技術的に核融合発電所を実現することは可能になりますが、商用発電所が実際に建設されるかはさまざまな問題に依存しています。
燃料は重水素と三重水素に限らず、重水素とヘリウムの同位体(ヘリウム3)の組み合わせや水素とホウ素による核融合反応を用いた発電が、主流ではありませんが昔から提案されており、重水素と三重水素を燃料とする核融合発電に比べてさらに高い温度を必要とすることなどから技術的な課題が大きく、実現は困難と考えられています。ただ、放射性同位体を扱う重水素と三重水素を燃料とする核融合発電よりもクリーンな方式としてメリットもあるため、今後の技術革新により実現できる可能性はあると思われます。