- リレーコラム
脱炭素社会の実現へ新たな技術を生み出す新潟県内の研究者らが、自身の研究や脱炭素への思いなどを自由につづります。
県内の理工系5大学・短大・高専と、本県と関わりのある企業のリレーコラムです。(毎週木曜日夕に配信=第5週がある場合は休み)
リレーコラムVOL.36
長岡技術科学大学 技学研究院技術科学イノベーション系 教授
姫野 修司
横浜国立大学大学院工学研究科物質工学専攻修了。博士(工学)。
2001年 長岡技術科学大学環境・建設系 助手
2007年 長岡技術科学大学環境・建設系 准教授
2014年 長岡技術科学大学大学院工学研究科技術科学イノベーション専攻 准教授
2022年 長岡技術科学大学技学研究院技術科学イノベーション系 准教授
2024年12月より現職。

CO2を無駄にしない未来へ―「夢の素材」で切り拓く新しい気体貯蔵技術―
1. カーボンニュートラル実現への鍵
カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量と吸収量を差し引きゼロにすること)は、世界共通の目標です。達成には、①排出された CO2 の 分離・回収・貯留、②回収 CO2 を原料に 再利用 する技術の両輪が欠かせません。たとえば、再生可能エネルギーで水を電気分解して得たグリーン水素と CO2 を反応させ、合成メタン(e-メタン) をつくる「メタネーション」が代表例です【図1】。

再生可能エネルギーで作られた水素と回収したCO2を反応させて合成メタン(e-メタン)を生成。
カーボンニュートラルなエネルギー循環を実現する鍵となる技術です。
2. 気体を「運ぶ・ためる」際の壁
CO2・水素・メタンなどの気体は、現在 高圧ガスボンベ(100 気圧以上) に圧縮して輸送・貯蔵するのが一般的です。ところが、
- 重く大きい容器 が必要になり輸送効率が低下
- 高圧ガス保安法 により資格取得や設備申請が必須でコスト増
などの課題があります。
3. 「PCP・MOF」で実現する新しい気体貯蔵
カギとなるのが、PCP(多孔性配位高分子)/MOF(金属有機構造体) と呼ばれる“分子のスポンジ”です。金属イオンと有機分子が規則正しく並び、内部にナノサイズの孔(細孔)が無数に開いているため、低圧でも大量の気体分子を取り込める という特長があります【図2】。

金属と有機分子が規則的につながり、分子サイズの細孔が規則的に並ぶ“分子のスポンジ”のような構造。
多くの気体分子を内部に取り込むことができます。
一般的に気体は高圧ボンベに圧縮して貯蔵・輸送されますが、この方法では容器が重くなり法規制も厳しくなります。これに対して 吸着貯蔵 は、PCP/MOF の細孔内に気体を「しみ込ませる」イメージで、常温・低圧でも高い貯蔵密度が得られ、吸着貯蔵は、より低い圧力で安全に、かつ容器を軽量化できる 点が大きなメリットです【図3】。同じ体積の容器なら、より軽量で安全な設計が可能になる——ここに PCP/MOF が注目される理由があります。

高圧で圧縮して詰め込む従来の方法に対し、PCPなどの多孔質材料に気体を吸着させて
低圧で貯蔵する「吸着貯蔵」は、より安全で効率的な方法として注目されています。
4. それでも残った「かさばる」問題
PCP/MOF は粉末状で 嵩密度が低い ため、吸着しても体積あたりの貯蔵量が下がり、輸送効率が伸び悩みます。粉末を ペレット化して高密度化しようとすると、柔らかいスポンジを握りつぶすように細孔が壊れ、吸着力が落ちる──これが長年のジレンマでした。
5. 細孔を壊さない“ギュッ”と成形――独自技術の開発
私たちは、細孔構造を保持したまま圧縮成形できる独自プロセスを開発し、高密度 PCP 成型体を実現しました【図4】。
その結果、
- 比表面積をほぼ維持(吸着力を保持)
- 充填密度を約2~3倍に向上
- 体積あたり貯蔵量を大幅アップ
という三つの効果を同時に達成しました。低圧でも多くのガスをためられるため、容器の小型化・軽量化、輸送コスト削減、安全性向上に直結します。

独自の成形技術により、細孔構造を保ったまま密度を高めたPCP成型体を実現。
従来に比べて体積あたりのガス貯蔵量が大幅に向上しています。
6. CO2循環型社会へのインパクト
本技術は、CO2 の 回収・貯蔵・再利用、水素・メタンの 低圧輸送インフラ として広範な応用が期待されます。気候変動対策とエネルギー課題を同時に前進させる「分子レベルのイノベーション」が、カーボンニュートラル社会への道を切り拓いていくのです。