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  • リレーコラム

脱炭素社会の実現へ新たな技術を生み出す新潟県内の研究者らが、自身の研究や脱炭素への思いなどを自由につづります。

県内の理工系5大学・短大・高専と、本県と関わりのある企業のリレーコラムです。(毎週木曜日夕に配信=第5週がある場合は休み)

リレーコラムVOL.37

新潟工科大学 工学部 工学科 電子情報学系 教授
今田 剛いまだ ごう

1966年 東京都出身。長岡技術科学大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。博士(工学)。1994年 長岡技術科学大学助手、助教、2008年 新潟工科大学准教授、2013年から現職。長岡技術科学大学 極限エネルギー密度工学研究センター 客員教授。

パルスパワーという電気エネルギーの新しい使い方

現代の社会は電気なしでは成り立ちません。世の中のありとあらゆる装置や機械は、電気をエネルギー源としたり、操作やコントロールに電気を使っています。電気はライフラインの1つですが、他のライフラインの水道、ガス、通信や運輸交通なども電気がなくなると立ち行かなくなります。このように、我々は、現在も、将来も、電気を使い続けていくことになります。

脱炭素の観点から電気エネルギーの将来を考えると、次の3つのポイントが挙げられます。

  • (1)ベストミックスな電源構成
  • (2)電気エネルギーの大量で長期の貯蔵
  • (3)効果的で効率的な電気エネルギーの利活用

ここで、(1)については、高効率の火力発電、小型の原子力発電、種々の再生可能エネルギー発電、さらには、核融合発電など、数多くの研究開発が行われています。また、(2)についても、大容量蓄電池の実用化や水素の活用など、多くの新しい技術が試みられています。ところで、(3)については、どうでしょうか? 思い浮かぶこととして省エネ機器の導入や節電の実施などがありますが、これらは従来技術の改良や使い方の改善を主としています。エポックメーキング的な効果的で効率的な電気エネルギーの新しい使い方はないのでしょうか。その1つの答えとして「パルスパワー」の研究開発が進められています。

「パルスパワーとは、なにか?」を話す前に、電気の形態を整理します。電池などで発生する『直流』やコンセントから得られる『交流』は、連続的に電気エネルギーが供給され、消費もされます。もしかしたら、必要のない時間に無駄に電気エネルギーが使われているかもしれません。また、連続的であるがゆえに、大きなパワーを必要とする場合は、どうしても機器や設備が大きくなってしまいます。さて、ごく短時間だけ持続する断続的な信号や状態を『パルス』と言います。【パルスパワー】とは、電気エネルギーをパルス状にして使います。必要なタイミングに、かつ、必要な時間内のみでの電力の使用となり、無駄なエネルギー消費を抑えられます。ここで、限られた時間内で電気エネルギーの効果を最大限に発揮するため、通常、パルス当たりの電力を大きくして使います。

短時間ですが大電力のパルスパワーは「電力の時間圧縮」で作り出されます。1ワット[W]の豆電球を1秒間ほど点灯できる電気エネルギー(電力量は1ワット[W]・秒)を四角い積み木に見立てます。この積み木を3つ持っているとします。電気エネルギーは合計で3ワット・秒です。積み木を横に並べて1つずつ順番に使えば、3秒間(パルス状の電力の持続時間)、豆電球を点灯できます。つぎに、積み木を縦に積み上げて3つを一度に使うと、1秒間とパルス状の電力の持続時間は短くなりますが最大電力は3ワットとなり豆電球は明るく点灯します。これを一千万分の1秒(100ナノ秒)まで電力を時間圧縮できたとします。すると、最大電力は3ワットの1千万倍の3万キロワット(30メガワット)となり、ほんの一瞬ですが、莫大な電力として使うことができます。もちろん、電気エネルギーとしては電力量3ワット・秒(積み木3つ分)のままですので、乾電池でも賄えるほどのわずかなものです。パルスパワーの発生機器の詳細は割愛しますが、コンデンサなどの電気エネルギー蓄積素子を充電し、特殊なスイッチを使ってナノ秒からマイクロ秒の極めて短時間で放電(放出)することで、キロワットからテラワットの電力のパルスパワーを作り出します。

このような原理で作り出されたパルスパワーは、物質を原子レベルに分解できるような超高温、超高圧力や超高密度などの特異な状態を生成でき、ビーム発生(レーザー、電子、イオン、電磁波)や核融合などの基盤技術として活用されています。また、材料創製、農林水産、生物、環境や廃棄物処理などへの応用や展開の研究開発が行われています。ここでは、水の浄化処理にパルスパワーを応用した例を紹介します。処理容器内に設置した電極を通してパルスパワーを水中に加えて、水の中の菌(枯草菌)を死滅させます。当然ですが、パルスパワーを加えない場合(コントロール)では生菌数は減りません。さて、この水にパルスパワーを加えてみます。電圧15キロボルト(1万5千ボルト)、電流0.3キロアンペア(3百アンペア)、電力4.5メガワット(450万ワット)でパルス持続時間3.5マイクロ秒(約30万分の1秒)のパルスパワーを0.1秒間隔で100回ほど加えています。すると、生菌数が概ね0になることがわかります。処理の時間は10秒ですが、この間で実際に電力が加わっている時間の合計は0.00035秒だけで、電力量は約0.00044キロワット・アワーと極めてわずかです(電気ストーブを1~2秒ほどつける電気エネルギーに相当)。なお、薬剤などを使わないため、環境にも優しい水の浄化処理方法となります。

極めて強大な電力をわずかな電気エネルギーから発生するパルスパワー技術は、電力エネルギーの新たな使い方として、脱炭素社会の実現に貢献できるものと期待しています。

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