- リレーコラム
脱炭素社会の実現へ新たな技術を生み出す新潟県内の研究者らが、自身の研究や脱炭素への思いなどを自由につづります。
県内の理工系5大学・短大・高専と、本県と関わりのある企業のリレーコラムです。(毎月第4木曜日夕に配信=祝日の場合は変更)
リレーコラムVOL.48
長岡技術科学大学 教授
政井 英司
1993年、東京農工大学大学院 連合農学研究科 生物工学専攻を修了、博士(農学)。
同年、新技術事業団研究員。
1995年、長岡技術科学大学助手に着任、講師、助教授、准教授を経て、2010年より現職。専門は応用微生物学。

石油から森林資源へ リグニンが拓く脱炭素ものづくり
脱炭素社会を支えるリグニン
脱炭素社会の実現には、石油資源への依存を減らし、再生可能な植物資源を有効に利用することが不可欠です。その中で近年、大きな注目を集めているのが、植物細胞壁の主要成分の一つであるリグニンです。リグニンは、植物によって年間約200億トンが生成されると推定される、地球上で最も豊富な芳香族高分子です。紙・パルプ産業では、年間約5,000~7,000万トンのリグニンが副産物として生じ、その多くはパルプ製造廃液である黒液に含まれています。これらの大部分は、製紙工程のエネルギー源として利用されています。豊富な芳香族構造を持つリグニンを化学品やプラスチック原料へ転換できれば、石油資源に代わる新たな炭素資源としての活用が期待できます。一方で、リグニンは非常に複雑で不均一な高分子であるため、その利用は容易ではありません。現在は、リグニンを化学的に低分子化し、得られた化合物を微生物の代謝能力によって有用化学品へ変換する技術の開発が世界中で進められています(図1)。

細菌がリグニンを価値ある資源へ変える
リグニンを分解すると、多種多様な芳香族化合物が生じます。この複雑な混合物を細菌の代謝によって一つの目的物へ集約する考え方は、現在「バイオロジカルファネリング」と呼ばれ、世界的に研究が進められています。この名称を伴う概念を明確に提唱したのは米国の研究グループですが、その基盤となる考え方は、それ以前から日本で進められてきたリグニン由来芳香族化合物の代謝研究や、それを利用したポリマー原料生産の研究にも見ることができます。私たちの研究グループとその前身が長年取り組んできた、細菌によるリグニン由来芳香族化合物の代謝に関する基礎研究は、こうした考え方を実現する重要な土台となっています。
このような研究で生産される代表的な化合物として、2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)、cis,cis-ムコン酸(ccMA)、β-ケトアジピン酸(β-KA)、3-カルボキシムコノラクトン(3CML)などがあります。これらはさまざまな化学品や材料の原料として期待されています。中でもPDCは、ポリエステルなどの高分子材料や木材用接着剤の原料として開発が進められています。
30年以上にわたるSYK-6株研究
私たちの研究室では、30年以上にわたりリグニン由来芳香族化合物を利用する細菌 SYK-6株の研究を続けています。SYK-6株は製紙工場のクラフトパルプ廃液処理槽から単離された細菌で、G型、S型、H型リグニン由来単量体だけでなく、さまざまな結合様式の二量体化合物まで利用できるリグニン由来芳香族化合物分解菌として世界的に知られています(図2)。これまでに約80の代謝関連遺伝子とその機能を明らかにし、リグニン由来芳香族化合物代謝の全体像を解明してきました。現在は、この優れた代謝能力を利用して、SYK-6株を単なる「リグニン由来芳香族化合物の分解菌」ではなく、「リグニンから有用化学品を生産する微生物」として活用する研究を進めています。

基礎研究から実用化へ
私たちは、森林総合研究所、東京科学大学と長年にわたり、リグニンの有効利用に関する研究を共同で進めてきました。近年、その成果の一つとして、木材の蒸解処理で生じる黒液に含まれる多様なリグニン由来芳香族化合物を原料に、SYK-6株のPDC蓄積株を利用して、機能性ポリマーの原料となるPDCを生産できることを実証しました(図1, 3)。この研究では、酸素添加ソーダ・アントラキノン蒸解というパルプ製造法によって得られたスギの黒液を用いています。これにより、実験室で調製したモデル化合物だけでなく、実際の木材から得られる多様なリグニン由来芳香族化合物を、PDCの原料として利用できることが示されました。

一方で、SYK-6株には糖であるグルコースを利用できないことや、メトキシ基を持たない芳香族化合物を炭素源とすると、アミノ酸の一種であるメチオニンを外から与える必要があることなど、生産宿主として利用する上での課題もありました。そこで、長年の代謝研究で得られた知見を基に代謝工学を適用し、これらの制約を克服したSYK-6改変株の開発に成功しました(図4)。これにより、グルコースを増殖源として利用しながら、リグニン由来芳香族化合物から有用な化学品を生産する発酵プロセスへの展開に向けた基盤が整いました。

30年以上にわたり積み重ねてきた基礎研究が、ようやく実際の「ものづくり」へと結び付き始めています。木質資源に含まれる炭素をエネルギーとして利用するだけでなく、化学品や材料としても有効に活用することは、資源を循環させながら脱炭素社会を実現するための重要な選択肢の一つです。私たちは今後も、微生物の持つ力を活かして森林資源の新たな価値を引き出し、持続可能なものづくりに貢献できる技術の実現を目指して研究を続けていきます。